サマリ
生成AIの見積もりで、最も早く古くなる前提の一つが推論価格です。Epoch AIは、あるベンチマーク性能を満たす非reasoning系LLMの公開API価格を時系列で追い、性能閾値ごとに最安モデルを選んで回帰しました。その下落率は年率9分の1〜900分の1、中央値は50分の1でした。
ただし、これは「AI導入費が毎年50分の1になる」という意味ではありません。対象は6ベンチマーク、公開API、非reasoning系モデルです。価格は入力3・出力1のトークン比で加重され、性能閾値ごとに最安モデルを選んだ結果です。データ整備、システム統合、品質評価、監視、人の作業時間は含みません。
したがって経営判断への使い方は、50分の1を将来予測としてそのまま掛けることではありません。単価を理由に見送った案件へ再評価日を設定し、現行モデルと現行価格で成立条件を更新することです。

価格下落を投資判断へ変える3段階
公開APIの単価だけを見て、導入全体の採算と混同しないための読み順です。
- 測定条件をそろえる自社業務に近い性能指標、入力・出力比、推論方式を明記する
- 現行価格で再試算する過去の見送り時点ではなく、現在のモデルと価格で処理原価を更新する
- 総費用で判断するデータ、統合、評価、監視、人の確認まで含めて成立条件を判定する
価格下落は再評価の合図です。採算性の結論は、更新した総費用で出します。
データ: 「年率中央値50分の1」が測ったもの
Epoch AIの分析は、個別モデルの定価が何割下がったかを測ったものではありません。次の手順で「同じ性能へ到達するための最安価格」を追っています。
- GPQA Diamond、MMLU、MATH-500、MATH Level 5、HumanEval、Chatbot Arena Eloの6ベンチマークを使う
- 各ベンチマークで、それ以前の全モデルを上回った性能マイルストーンを閾値にする
- 各時点で、その閾値以上を達成した最安モデルを選ぶ
- 公開API価格を、入力3・出力1の比率で加重平均する
- 各価格観測のrelease dateに対し、4点以上ある系列をlog-linear回帰して年率の下落倍率を推定する。値下げは同じモデル名でも、新価格と新しい日付を持つ別観測として扱う
公開価格は、第一当事者のAPI価格があればそれを採用し、なければプロバイダー価格の中央値を使います。コンテキスト長で価格が異なる場合は、最短コンテキストの価格です。
reasoningモデルは、生成トークン数が大きく異なり、トークン単価だけの比較が誤解を招くため、価格分析から除外されています。自社の案件が長い推論過程を必要とする場合、この中央値を直接当てはめることはできません。
性能閾値あたりの公開API価格の年率下落倍率
6ベンチマーク・複数性能閾値の回帰結果。倍率は価格が何分の1になったかを示します。
- 分析範囲の下限タスク・性能閾値により異なる9分の1
- 全期間の中央値全回帰結果の中央値50分の1
- 2024年1月以降の中央値最安系列選定後、2024年より前の価格観測を除外200分の1
- 分析範囲の上限直近に始まる最速の傾向900分の1
棒は推定された下落倍率を共通スケールで示します。タスク横断の単一価格や将来予測ではありません。
最速の傾向は2024年以降に始まっています。最安系列を選定した後、2024年1月より前の価格観測を除いて回帰すると、中央値は年200分の1でした。Epoch AIも、この速度が持続するかは不確実だとしています。中央値50分の1は過去データの要約であり、翌年の価格を保証する係数ではありません。
価格と評価費用は同じではない
トークン単価が下がっても、モデルが回答に使うトークン数が増えれば、1回の評価費用は同じ比率では下がりません。Epoch AIは6つの費用トレンドも調べ、価格単価と評価費用の方向は似ているものの、最大差の例ではGPQA DiamondのClaude 3.5 Sonnet(2024年6月版)相当の性能水準で、トークン単価が年400分の1、実際の評価費用が年200分の1だったと報告しています。
さらに、ベンチマークは実業務の有用性を完全には表しません。出力速度、社内データへの適合、誤答時の損失、監査可能性は別に評価する必要があります。
データ: 導入の広がりと成果の測り方
Stanford AI Index 2026のChapter 4は、McKinseyの2025年オンライン調査(2025年6月25日〜7月29日、105カ国1,993人、国別GDP構成比で加重)を引用し、少なくとも1つの業務機能でAIを使うと答えた組織が78%から88% へ、生成AIを定常利用すると答えた組織が71%から79% へ増えたと報告しています。いずれも回答者の自己申告であり、企業を抽出単位とした代表統計ではありません。
同章は、2025年の世界の企業AI投資を5816.9億ドル、そのうち民間投資を3446.6億ドルとしています。前者はM&A、少数持分投資、民間投資、株式公開の4区分を合計したQuidの集計で、後者は2013年以降に150万ドル超を調達したAI企業へのVC・PE等に絞った部分集合です。投資の拡大は供給競争の背景にはなりますが、将来の推論価格を直接決める因果推定ではありません。
14〜50%は同じ「生産性」ではない
AI Indexが整理した研究では、AI利用時の改善が複数報告されています。ただし、測っている成果物は別々です。
顧客サポートは1時間あたり解決件数、ソフトウェア開発は完了したPR数、マーケティングは広告制作の従業員あたり出力量です。これらをまとめて「生産性が14〜50%上がる」と一般化することはできません。深い推論や判断が必要な仕事では、効果が小さい、または遅くなる研究もAI Indexに併記されています。
岡崎の分析 — 見送り理由を「再評価可能な条件」に変える
経営会議で「AIは高いから見送る」と決めた案件は、数カ月後も同じ結論とは限りません。問題は、見送り時の前提が記録されず、価格が変わっても案件が再び検討対象へ戻らないことです。
私たちは、見送り理由を文章ではなく条件として残すべきだと見ています。「コストが合わない」ではなく、「月10万件を処理し、1件あたり総費用が30円以下なら成立する」と記録します。ここまで具体化すれば、モデル更新や価格改定のたびに機械的に再計算できます。
同時に、API単価と総費用を分ける必要があります。単価が50分の1になっても、データの欠損、業務フローの例外、誤答確認、権限設計が残れば、導入全体は50分の1になりません。むしろ処理量を増やせるほど、評価と監視の重要性は上がります。
「最高性能モデルで検証し、安価なモデルへ後から載せ替える」という考え方も、全案件に自動適用できるわけではありません。モデルごとに出力特性や安全性が違うため、載せ替え時には同じ評価セットで再検証が必要です。価格下落の恩恵を受ける条件は、モデル名ではなく評価基準を固定していることです。
提言 — どう付き合っていくか
1. 見送り案件に成立条件と再評価日を残す
処理件数、必要品質、許容遅延、1件あたり総費用の上限を書きます。単価だけを理由に見送った案件は、原則として四半期ごとに再評価します。
2. 入力・出力・推論方式を分けて見積もる
Epoch AIの3:1加重は分析上の共通条件です。自社の文書要約、チャット、コード生成では入力と出力の比率が異なります。reasoningモデルを使う場合は、生成トークン数と評価費用を別枠で測ります。
3. 小さな代表データでモデル別の原価と品質を同時に測る
安さだけで候補を絞らず、同じ代表データに対して品質、失敗率、処理時間、実費を並べます。ベンチマーク性能を自社品質の代わりにしません。
4. 総費用を4つに分解する
推論、データ整備、システム統合、評価・監視に分けます。価格下落で変わる列と、人や業務設計に依存する列を分けると、どこへ投資すべきかが明確になります。
5. 載せ替え可能性を評価セットで担保する
モデル固有のプロンプトや出力形式へ過度に依存せず、期待結果と許容誤差を評価セットにします。安価なモデルが要件へ到達したとき、同じ条件で再検証して切り替えます。
本レポートは公開一次情報に基づく分析です。「年率中央値50分の1」は、非reasoning系LLMの公開API価格を6ベンチマークの性能閾値ごとに分析した過去データの中央値です。個別案件の将来価格、導入総費用、投資回収を保証する値ではありません。
出典・参照データ
本レポートの分析は以下の一次情報に基づいています。統計・数値の詳細は各出典をご確認ください。
- The 2026 AI Index ReportStanford HAI
第9版AI Indexの公式入口。組織導入、投資、労働生産性研究の位置づけを確認
- AI Index Report 2026 — Chapter 4: EconomyStanford HAI
企業AI投資5816.9億ドル、民間投資3446.6億ドル、組織のAI利用88%・生成AI定常利用79%、研究別の成果指標を引用
- LLM inference prices have fallen rapidly but unequally across tasksEpoch AI
非reasoning系LLMの公開API価格、6ベンチマーク、3:1の入出力トークン加重、性能閾値別のlog-linear回帰、年率9〜900倍・中央値50倍・2024年以降中央値200倍を引用
- The state of AI in 2025: Agents, innovation, and transformationMcKinsey & Company
2025年6月25日〜7月29日に105カ国1,993人へ実施し、国別GDP構成比で加重したオンライン調査の母集団を確認

